東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1831号 判決 1968年12月17日
控訴人 なでしこ交通株式会社
被控訴人 須山茂 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴会社代表者は「原判決を取消す。横浜地方裁判所小田原支部昭和四二年(ヨ)第八八号新株発行差止仮処分申請事件について同裁判所が同年八月三〇日した仮処分決定を取消す。被控訴人らの申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び疎明は、次に記載する外は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一三枚目表四行目に「ことに初めて」とあるのは「ここに初めて」の誤記であることが明らかであるから、そのように訂正する。)。
控訴会社代表者は次のとおり述べた。
一、原判決の事実摘示被控訴人らの申請理由第一項の事実及び控訴会社の定款第八条に被控訴人ら主張のごとき定めがあることは認める。
二、乙第八号証の作成者は平塚税務署徴収係である。
理由
控訴会社が一般乗用旅客自動車運送事業を主たる目的とする資本金五〇〇万円、一株の金額五〇〇円、発行済株式の総数一万株、発行する株式の総数四万株の株式会社であり、被控訴人須山茂は三八〇〇株、同須山勲、同須山美代、同須山満つよ、同小碇晴次は各三〇〇株の株主であつたところ、控訴会社の取締役会は昭和四二年八月六日新株発行の決議をなし、新たに発行すべき株式の数を一万株とし、うち五千株を株主に対し旧株式一株につき新株〇、五株の割合で割当て、残りの五千株は一般募集することとしたこと、控訴会社の定款第八条に「当会社の株主は新株引受権を有するものとし、その割当比率、方法その他の事項は取締役会の定めるところによる。」と定められていることは当事者間に争いがない。
控訴会社は、新株引受権が定款の規定によつて株主に与えられている場合、この引受権は抽象的一般的な引受権であつて、発行新株数のうち何株を株主に与えるべきか、その割当比率を如何にすべきかは取締役会の決するところであり、このような取締役会の決議によつて始めて右引受権は具体化するものであるから、新株の一部の引受を一般募集することは控訴会社の定款に違反するものでなく又は株主に不利益を与えるものではないと主張するが、株式会社の定款が単に株主は新株引受権を有すると規定し、右新株引受権の全部又は一部を排除する旨の規定を欠いている場合には、株主の新株引受権はすべての新株におよび、取締役会は右定款の規定に拘束され、新株の一部を公募するが如きことは許されないものと解すべきである。控訴会社の定款第八条は前記のとおり控訴会社の株主は新株引受権を有するものとし、さらに取締役会の定める事項として割当比率等が掲げられているが、新株の発行にあたり株主が新株引受権を有するときは、発行する新株の総数が定まれば旧株式一株に対する新株の割当比率はおのづから定まるのであるが、明確を期するため割当比率を示すのが通例であつて、右はこの通例にならう趣旨にすぎず、右第八条の「その割当比率、方法その他の事項は取締役会の定めるところによる。」とあるのは控訴会社の株主が新株の引受権を有することを前提としてその制約のもとに取締役会において新株発行に関する所要事項を定めることとした趣旨であると認められるのであつて、右文言をもつて株主の新株引受権の全部又は一部を排除する旨の定めと解することはとうていできないところである。その他控訴会社の定款に右第八条の規定にかかわらずさらに株主の新株引受権を排除する旨の特段な定めのあることを認むべき疎明はない。
してみると前記五千株の一般募集は控訴会社の定款に定められた株主の新株引受権を無視するものであり、定款に違反するといわねばならない。そして、原本の存在及び成立に争いのない甲第一七号証と弁論の全趣旨を総合すれば、控訴会社においては被控訴人らとその余の株主が対立し、また取締役九名のうち四名は被控訴人小碇を除くその余の被控訴人らであるが、他の五名は被控訴人らと対立する状況にあつて、被控訴人らは前記五千株の一般募募により議決権の割合の低下等の不利益を受ける虞が多分にあることが一応認められるから、被控訴人らは控訴会社の株主として控訴会社に対し定款に違反する右新株の発行を止むべきことを請求する権利を有するものというべきであり、そして、右権利保全のため右新株の発行を一時差し止める必要があるものということができる。
従つて、右新株の発行を差し止めた仮処分決定を認可した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤顕信 園田治 高橋正憲)